気付けば空はうっすらと明るくなっていき、それでもまだ道を走り続けてる、たぶんあと20kmぐらいで着くとは思うのだが、
思えば遠くまで来たもんだ・・・、背中にさっきから何度か衝撃を感じる、
多分うとうとして顔当たってるんだろうと思う、とりあえずいったんブレーキをかけ、
「眠いの?」
「ん・・・大丈夫・・・」
「無理すんな、どっか止まるか?」
「大丈夫ぅー・・・・・頑張るー」
「・・・寝てもいいけど落ちても知らないぞ」
「いいもん、こうやって抱きついてたら問題ないでしょ?」
一ノ瀬はいったん降りて横乗り状態から普通の乗り方に直し、再度抱きついてきた、
まあこの状況じゃ安全っちゃ安全だけど・・・俺のほうが危ない、動揺で運転が不安定になりそうで。
とりあえず走り出す、そのうち一ノ瀬の頭がぶつかる、寝たんだなとすぐに分かった、少し安全運転であまり揺らさないように、
心臓はドキドキするけど、悪い気分じゃないから・・・・・、
朝日が出てきて東雲の時間に変わる、空の雲がほんのりとピンク色に染まっていき、夏の新しい一日が始まる、
出来れば今日だけじゃなくて、ずっとこうしていたいと、一瞬そう考えてしまった、叶うかどうかはきっとこれからの自分次第だろうけど・・・・。

それからしばらくたって一ノ瀬は目を覚まし、道路の看板にあるのは『月形まで5km』。時刻は現在朝9時。
「やっとここまで来たね・・・・」
「長かったというか・・・・今思えば普通に馬鹿だろここまで自転車とか・・・」
「すいません、結構反省しました、これは無茶だったね・・・・」
「まあ今更後悔しても仕方ない・・・・そして帰りの事なんか考えない・・・・」
「・・・・あー、帰りがあったね・・・・今日中に帰れる?」
「たぶん無理じゃないかと思う・・・・」
「・・・・とりあえず、親には奈月の家泊まりに行って来るって連絡入れたから大丈夫」
「いつの間に・・・・あ、俺寝てるときか・・・」
「うん、電話来たから嘘ついちゃった」
・・・・そこまでしてここへ来たい理由は何なんだろうか、気にしないようにしていてもどうしても気になってしまう、
たぶん答えてもらえないと思うけど、とりあえず質問してみた
「ねえ、ホントにここのお祭りに行きたい理由って何?」
「・・・・行けば分かるよ」
「行けばって・・・・今じゃ駄目なのか?」
「うん、今はまだ・・・」
「・・・・そっか、わかった、これ以上はもう聞かない」
これ以上は、何聞いても答えないだろう、少し腑に落ちないながらも、とりあえず自転車を進める
するとそのうちお祭りの旗とともに分かれ道を見つける分かれ道のほうの看板には『道民の森こちら』と書かれていた。
「道民の森ってこの辺にあったんだ・・・・」
「来たことあるんだ?」
「小さい頃に何度か・・・・、札幌に引っ越してきてからはほとんど行かなくなったから場所覚えてなかったけど・・・・・月形なのか・・・・」
「昔どこ住んでたの?」
「んーっと・・・・滝川とかあの辺だったと思う・・・・細かい場所は覚えてないけど・・・」
「あ、引っ越してきたんだこっちに」
「うん、小学1年生の冬あたりに」
ちょうどあの夏の後・・・・、
何故かここ数日、妙に鮮明になってきたあの思い出、不思議と彼女と居ると思い出してしまう。
夏、そしてふたりっきりというシチュレーション、それが多分重なってそう思えるのだと思う、
と、一ノ瀬の抱きつく力が少しだけ強くなった、
「どうした?」
「ん?なんでもないよ?」
「いや、抱きつく力強くなったから、てかいいのかそんな大安売りして」
「いいの、ある種のお礼とサービスだからー」
「まあいいけどさ・・・」
うん、でもさっきからあれが当たっていて、微妙に理性が保てなくなってるのですが、流石にそれは言わないことにした、
「・・・・ほんとにありがと」
「お礼は帰りに言ってくれ、まだ着いてないからさ」
「うんっ」


月形の街中へ入った頃には10時過ぎ、すでに空は満天の青空、雲ひとつ無い空、
さすがに疲れはたまってきたけど、あと少しでゴール、もう少しだけ頑張るしかない、
そしてかすかに祭囃子が聞こえてきて、山のほうには人だかりが出来ていた、
どうやらあの辺でお祭りやってるらしい、と、後ろから彼女が肩をトントンと叩く。
「あのさ、そこの公園入ってくれる?」
「どうして?」
「ちょっと着替えたいから」
「着替えるって・・・・いやいや、屋外で?」
「や、さすがに茂みに入るけどね、カゴの中にある私のバック貸して」
公園の中に入って、自転車を止めると一ノ瀬はバックを持って森のほうへ入っていった
「誰かこないか見張っててね、トイレで着替えてもいいんだけど狭いから難しくて」
「何を着るつもりだ・・・・・って浴衣?」
「うん、せっかくだから持ってきたの、とりあえず30分時間頂戴、んで・・・」
一ノ瀬はこちらに向けて人差し指を突き立て
「見ちゃ駄目だよ?」
「分かってるっての」
とりあえず一ノ瀬が道路のほうから見えないように背を向けて見張りをする。
当然後ろは気になるが、見てはいけない、ここでこの恋終わらせる気か、でもあの見ちゃ駄目は見ろという意味かもしれないし・・・・、
と無駄な欲が頭を渦巻いている、そんな感じで己の欲望を抑えつつ15分、その葛藤は後ろから肩を叩かれるまで続いた。
振り向くと浴衣を羽織って、でもまだ帯を締めていない状態の一ノ瀬が居た。
「帯締めるの手伝って・・・・これやっぱ一人じゃ大変すぎて・・・」
「だよなあ・・・・毎回見るたびに思ってた・・・、でも締め方なんか俺知らないぞ?」
「大丈夫、手順教えるから」
手伝いながら色々苦戦してさらに15分経過、そしてやっと、出来て。
「あとは・・・・んしょっと・・・髪を上で括って・・・・かんざしっと・・・・よし出来た」
じゃーんって感じで茂みから出てきてくるんと回る、
正直可愛すぎるというか綺麗過ぎるというか、今まで見た中で一番可愛いと思った。
しばらくあっけに取られてると、一ノ瀬は自転車へと走り出し、こちらを手招きして
「早く祭り行こー!」
「あ、ごめん、今行く」
そのまま彼女を自転車の荷台へ乗せ、神社へ再び自転車を走らせた。
すでに結構な人が来ており、駐輪所はギリギリ止められるかどうかだった。とりあえず、自転車を止め、鍵を閉めた。
一ノ瀬はすでに入り口まで行っており、いそいで彼女の元まで駆け寄る。
「じゃ、行こっか」
「はぐれるなよ?」
「はーい」
それでも結構な人の多さで少し心配になり、少し悪戯心半分、欲求半分で手を繋いでみた。
すぐに避けられるかと思ったけど一瞬こちらを見て、そのあと少しハニカみ、握る手の力が少し強くなった。


水色の風が森を吹き抜けて、彼女の髪をなびかせた、そのまま握った手を引かれて走り出す、
少し砂利道だったけどそんなことも気にせずに。
金魚すくいをしたり、綿飴かったり、
射的をしたり、お好み焼きを食べたり、カキ氷食べたり、
どんなことをしても楽しくて、この笑顔をずっと見ていたいと思った、
夏のにおいが心地よかった。


そして精一杯遊んで回って午後5時、疲れたのでベンチで休憩中、足も痛くて歩くのも辛くなってきた、
一ノ瀬も下駄で走り回っていたのでやっぱり疲れてはいるんだろう、下駄を脱いで足をぶらぶらさせている、
浴衣から伸びる足に一瞬ドキッとする、
「疲れたねえー、たくさん遊んだし」
「・・・・その金魚どうする気だよ・・・」
一ノ瀬の手に握られている袋の中に居る金魚、その数およそ20匹
彼女は恐ろしく金魚すくいが上手かった、20匹捕まえた時点で紙が破れておらず、店の人に止められて終わったという、
ちなみに俺は一匹も取れなかったけど。
「可愛そうだから後で川に逃がそうと思うんだけど・・・」
「他の魚に食われて終わらないか?」
「・・・・こ、この子達ならきっと生き延びるよ!」
「・・・・まあ持って帰っても嘘ばれて終わりだからしょうがないけどさ・・・」
ふうっと、そのまま一息ついて、
ちょっと彼女のほうを見ると顔を伏せている、どうしたのかと聞こうとするとばっと顔を上げて少ししてから
「ねえ、ちょっと上のお社のところ行かない?」



出店が出ている場所からさらに階段で上ると、そこにお社があるのがさっき祭り見て回ってるときに見えた
長い長い階段を上っていく、
だんだんと祭りの喧騒が聞こえなくなってきて、蝉の声と静粛だけになっていく、
空もここだけ違う世界かのように、ほんの少しだけ隔離された空間。



そして、上り切った時、
見えた景色は・・・自分にとってのあの夏の風を運んでくれた。
そこには確かに、初恋をした夏の、少しの間だけだけど、あの子と一緒に居た、少しずつ忘れてしまったはずの記憶、
だけど今なら、
この場所に来た今なら、すべて思い出せた。
自分でも驚くほど、すーっと頭にすべてがフラッシュバックする。
そうだ、ここに置いてきたんだ。


君がいた夏を。


空を見上げる、緑の木々、少しオレンジ色に染まり始めた空、あの頃よりもボロボロな社、
そして、振り向いた先にいる彼女、まるであの頃と同じように、あの頃と同じ笑顔で。
「・・・・なあ、一ノ瀬」
「何?」
「お前ここ来た事ある?」
彼女が一拍置いて、少しハニかんで
「うん、来たよ、ずっと昔だけど」
そのまま横を通り過ぎ、すれ違いざまに服の裾を掴まれ、二人でお社の小さな階段に座る。
一ノ瀬はそのまま言葉を続け。
「昔ね、おばあちゃんの家に何日か泊まってたときにさ、初めて親とこのお祭りに来たんだ、昔から私結構元気で、気が付けば迷子になってて・・・・途方に暮れてこのお社の前にいたんだけど・・・、そこで同じくらいの歳の男の子に出会ったんだ。
とにかく不安で不安でたまらなくて、でもその男の子がさ、こんな風に」
一ノ瀬が置いていた手の上からぎゅっと手を握り
「ずっと手繋いでくれて、『大丈夫だよ』って何度も言ってくれて、ずっと傍に居てくれたの・・・・、
私もどんどん笑顔になって、色々喋って・・・・そのうち親が来て帰ることになったけど・・・あの手の感触は今もずっと忘れない・・・・」
そして一ノ瀬はこちらを向いて、笑顔で、
綺麗すぎるぐらい、儚い笑顔で、
「やっと逢えた、私の初恋の人」




蝉の声が切なく響く、風も心地よく夕焼けを運んでくる。
「・・・いつぐらいから気付いてたの?」
「んとね、昨日の夜中、公園で手繋がれた時に、手の感触で分かった」
あの時の反応は、不自然だとは感じたけど・・・
「・・・ごめん、まったく気付けなかった」
「いいよいいよ、私だって気付けなかったし、というか元々あの時の子に会いたくて、そしてお礼言いたくてここに来たんだけどね」
そして、やっと聞かせてくれたここへきた理由
「あー・・・ホントにただ単に連れてきて欲しいだけだったのか・・・」
少しがっくりしていたら横で彼女が慌てて
「違う違う、だって私もしあの時の人に会えたらこう言うつもりだったんだもん、今こうして逢えたけど」
ふうっと、一つ息をして、
そしてそのまま俺の目だけを見つめて。
「あの頃からずっと好きでした、だけど今はとても大事な人が居て、ずっとその人の傍にいたいと思うから・・・的な事をさ」
冗談っぽく言うけど、顔は真剣だった。
「・・・・・それは少し酷くないか、そいつとしては」
「いや、あのね、だってもう一度会いたいんだよ?だけど・・・」
「だけど?」
少し目をそらして、再び向き直り、
「・・・ああもう・・・・だからこういう事」
オレンジ色に染まる彼女の顔が、唇が、気付けば俺の唇に触れていた。




どれくらい経っただろう、そんなことも忘れるぐらい、
頭はぐるぐると、何も考えられずに、ただその彼女と触れている部分にへ全神経が集中する。
そのうちゆっくりと唇を離して、彼女の顔を見ると少しうつむきながら耳も顔も真っ赤だった。
しばらくお互いに、何もいえないまま、時だけが過ぎる。
そして先に沈黙を破ったのは彼女で
「あの頃はずっとあの神社の子に憧れてた、王子様だと思った、いつか再会したいと思った、
そして高校入って、クラス替えがあって・・・・そこで・・・森橋君と出逢った」
一ノ瀬はそのまま言葉を続けて
「それまでずっと初恋をひきづってたけど、出逢った瞬間何かがびびっと来た、
今思えばあの時点で再会したんだから本能で分かったのかも、
しばらくは普通に話して、初めて話したときはすごく緊張して、でもそれが楽しくて、愛しくて、
そしてあなたに・・・・恋をした」
握ってた手の力がぎゅっと強くなる、見つめてくる瞳に少し涙が滲んでいる、
だけどその瞳はとても強く、俺を見つめていて。
「こうやってわがままだし、自分の勝手な都合で連れまわしたりして勝手な女かもしれないけど、
それでも・・・あなたが好きなんです」


祭囃子も蝉の声も、ぴたっと止んだかのように聞こえない、
目の前で、ずっと俺だけを見ている彼女、告白された、という実感は遅れてやってくる、
理屈云々で考えなくても、気持ちはもう決まっていて、
多分、ずっと昔、10年前、ここで彼女に出会った、その瞬間から。
自分の気持ちを彼女に伝える。
「俺さ・・・10年前に、まだ引っ越す前の最後の夏に、それまで毎年ここの祭りに来てて、
そのときちょっと色々なところ探検したくなって、このお社に来て、一人の女の子に出会った、
もう10年も経つから何を話したかもかすかにしか覚えてないし、顔も少し茶髪としか覚えてなかったし、
だけど、間違いなく俺の初恋だった、それは今でも覚えてる」
彼女はじっと俺の言葉を聞いている。
正直今にも抱きしめたいところだけど、この気持ちを伝えるのが先で。
「やっぱ時が経つに連れて、そのときの事もおぼろげになって、また他の子に恋していって、
そんなことしながら高二になって、隣の席の子のことが好きになった、いつも笑顔で、いつでも元気そうで、いつの間にか目を離せなくなってた」
「・・・・うん」
「んで今、すべて思い出した、だけど・・・」
心が少しだけ鼓動を強くする、
「俺は今はあの子じゃなくて・・・一ノ瀬茜が、ここにいる一ノ瀬茜が好き、多分これからもずっと・・・・・だから・・・俺と付き合ってください」
好きな人に好きと言うだけ、それがなぜここまで大変なことなのだろうか。
普通の言葉とは何かが違う、それだけ重みが、この一言に込められているからなのか。
見つめる瞳、少し震えてる唇、繋いだ手、彼女のすべてが愛しく感じた、
一ノ瀬はいつもと変わらない、俺にとっての最高の笑顔で
「はい・・・よろしくお願いします、・・・・私も・・・大好き、これからもきっとずっと・・・」
空はすっかり夕暮れで、あの時と変わらない景色で、
だけどあの時とは違って、暮れた後の花火まで、一緒にいられるから。
きっといつまでも一緒に、隣にいるから。



空がオレンジから夜色に切り替わる頃、彼女と二人でお社の後ろへ。
確かここには・・・・。
「確かさ、埋めたよね」
「うん、あれね」
その場所にたどり着いて、見えた景色は、その場所にだけ、木と木の間から差し込む光と、光の当たる場所いっぱいに咲いた向日葵だった。
あの時、泣き止んだ彼女を連れてお社の裏に行って、2個だけその辺で拾った向日葵の種を埋めた。
育つはず無いのに、その頃の俺たちはそんな事考えることも無くて、ただ大きく咲いて欲しいと思っていた。
多分雨とか奇跡的に差し込む日差しとか、きっと何年もかけて育って、秋になったら種が落ちて、10年間でここまで大きく、たくさん咲いたのだろう。
周りを見てふと一つ気付いたことがあった。
「なあ、この時間、この角度で日差し当たるって事は・・・・日中は咲かないで夕方だけ咲いてるのかな、この向日葵」
「そうなんだろうねえ、よく考えると、出会ったのも夕方、この向日葵も夕方に咲いて・・・つくづく夕方に縁あるのかも、私たち」
くすくすっと二人で笑いあう、夕焼けの風景も、これから少しだけ違って見える気がする
しばらく、その花を見つめていると、空から大きな音が聞こえた。
空いっぱいに咲く向日葵、
あの時は二人で見れなかった花火。
「あー!花火だー!やっと見れた・・・・」
「やっと見れたな・・・ホントに」
「10年越しだねえ」
手を繋いで、今度はしっかり離さない様に、空をずっと見上げていた。
この一瞬がずっと続くように、たまに二人で目を合わせて、キスをして。
君がいた夏、遠くに聞こえる花火の音がとても切なくて。
君といた夏、あの後姿を、今でも心に焼きついて。



「そういえばなぜ今年ここに?」
「えー、覚えてない?この向日葵埋めるときにさ、10年ぐらいしたらすごい大きくなってるから、また一緒に見ようって話したじゃん」
「・・・・・すいません、まったく覚えてないです」
一ノ瀬はあらか様にふざけて頬を膨らまし
「もー、どっちにしろやっぱ会えなかったんじゃん・・・・覚えててよー」
「ごめん、しょうがないじゃん10年前だもん」
「まあ会えたら運命だなあぐらいの望みだったけどさ・・・」
そしてこのままこの話題続けても機嫌悪くされるだけなので話題を変えて。
「というか、俺とあの夏の男が別人だったら、よく考えてもやばくないか?両方として」
「うーん・・・間違いなくその人裏切ることになるよねぇ・・・森橋君は嬉しいかもしれないけど」
「この立場はまだいいけどさ、まあそのために送らされるのも、告白だと思ったら別れ言い渡されるのも、どっちもきついかと」
「もう、だってそこまで考え及ばなかったんだもん、とにかく森橋君と一緒にいたくて、その人にもありがとうってお礼言いたくて、
欲張っちゃったんだもん」
「まあ同一人物でよかったな」
「お互いにね」
にーっと悪戯な笑顔でこちらを見たけど、すぐ花火へ視線が戻った
そしてふと着信メロディが鳴る、着信音は俺のではない、一ノ瀬を見ると、巾着袋から携帯を取り出す、
メールだったようでそれを見て、しばらくして硬直した。
「どうした?」
「あちゃー・・・・やばい、奈月の家に居ないのバレた・・・」
「・・・おい、上手く言ったんじゃなかったのか」
「いや、多分奈月の家にお母さん電話してそれでバレたんだと思う・・・」
「どうすんだよ・・・・急いで帰れる距離じゃないぞ?」
「うーん・・・ちょっと待って」
そう言うと携帯でどこかへ電話をかけ始めた
「あー、もしもし奈月?あのさー多分奈月の家にうちの母さんから電話来たと思うんだけど・・・うん、それでさ、奈月出たの?・・・・出てない?
うん、わかった、それじゃとりあえず桜の家に二人で泊まりに行ったって親に説明するから、そういうことで親御さんにも話し通してくれない?
・・・うん、ありがと、じゃーねー」
迅速にアリバイ工作をすすめ、即効でメールを打って送信する、横で見ていてこの手際のよさはある意味末恐ろしかった。
「ふぅ・・・これでよしっと」
「・・・・すさまじいなお前・・・」
「まあ10年越しの人に会いに来る位の行動力が私にはあるんだからこれぐらいちょろいね」
「そこは素直にすごいと思うけど・・・てか忘れたこと少し根に持ってるだろ」
「別にー、どうせ忘れられてると思ったもん、とりあえず花火見ながら混む前にさっさと帰ろー、
アリバイもいつばれるかわからないし、帰りの人ラッシュに巻き込まれないうちに」
そういってそそくさと早歩きで歩いていく、絶対根に持ってる。
「怒るなって、謝るから」
それでも腕掴まないと止まらないかなとか思って手を伸ばそうとしたそのとき、
予想に反して、ぴたっと歩みを止めて、こちらを振り向き、悪戯な笑顔で。
「じゃあまた約束」
「・・・何?」
「また10年後、一緒にここの花火を見に来る事」
「・・・間接的に10年お前と一緒にいろということですか」
「まあ出来れば一生」
バックに花火が夜空に咲いて、
そろそろフィナーレであろうこの花火、
あの時と同じく、また、10年後。
「・・・・一生はまだ分からんけど・・・・・・・わかった、約束する」
「んじゃ、許す、じゃ、帰ろっか」
手を差し出し、手を握る、
これからずっと、この手を離さないように。
これからずっと、この感触を忘れないように。
これからずっと、隣にあなたが居ますように。


10年後、きっとまたこの花火を一緒に見れますように。
そして、いつまでも、この思い出を忘れないように、
あの夕焼けの風景を忘れないように。



end


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