今日から私は、家出少女である
軽く衣服を纏めて、貯金と、後は何もいらない
何も無いこの部屋に、宝物と呼べるものは何も無かった。

私の家は昔からの武道の名門だかで、簡単に言えばとても硬い家である
門限は5時だったり、友達とは悪い影響があるから遊んじゃいけませんとか言われて友達が出来なかったり
そして家にいれば体練だとか
もうこんな窮屈な人生は嫌だった



「とまあ家出したのは良いんですけど・・・」

汽車に乗って、まだ地図でしか見た事が無い、一番高い切符が行く街に辿り着く。
朝にこっそり家の窓から飛び出して、気が付けばもう深夜だった
多分家の方は大騒ぎか、それとも気にしてないか
どっちにせよ、しばらくは見つからないと思う

「変装とか考えないといけないのかなあ・・・あ」

そしてぽつぽつと雨が降り始める

なんでだろう、こんなに雨って冷たかったっけ
そうだ傘持って来てないや・・
泊まるホテルはどうしよう、もうこんな深夜に受付とかないよね
というかこの辺に何があるか分からない

今日からはホントに一人で生きて行かなければならない
分かってたはずなのに、その覚悟で来たはずなのに

どうしようもなく、一人が恐い
夜中の町中、知らない路地裏、雨にウタレテ



その時だった、私の耳に、心に、音色が届いた
この雨の中で、小さいけど、優しい、今の私にはもしかしたら救いになるような気がする、根拠も何も無いけど、そう思った、気が付けば雨の中その音のする方へと向かっていた



そこにいたのは、目が隠れるような大きめのテンガロンハットを被った
自分と同じぐらいか少し上ぐらいの男の人
雨宿り出来るような屋根の下に座って、自分が知らないような歌を歌っている
だけど、不思議ととても心に届く歌

私はその場にずっと立ち尽くしていた、多分聞き惚れるって言うのはこう言う事を言うんだろうなあって漠然と思いながら

「・・・雨」
「え?」
「すごい勢いで全身びしょぬれだぞ、あんた」
「あ・・・」

確かに髪の毛から服までびしょぬれ、でもそんな事気にならないぐらい、この人の声に歌に聞き惚れていた
そして次の瞬間、自分でもビックリする事を口走っていた

「あの、今日あなたの家に泊めて下さい!」
「・・・はい?」

・・・・・うん、この反応は当然だと思う
というか何でこんな事口走ったんだろう私
いや、下心とか、そういう変な意味で言ったわけではない

「あの・・・家出・・・したんです」
「はあ・・・そう・・・」

どうみても若干引いてる・・・
まあこんなところに傘もささないで、いきなり泊めてくれって言われたら誰だって引くよね・・・
でも何故か、逃げようという気も起きず

「一晩で良いんです、この街に来たの初めてだから・・・どこに宿あるのかも分からないし・・・何かすごい不安で・・・」
「うーん・・・俺男だぞ?女の子が不用心に男の家に泊まるとか・・・」
「わかってます、でもそう言う事する人じゃないでしょ?」

何故か、自信を持ってそう思えた、あんな歌を歌える人に悪い人はいないと

「まあ・・・そのびしょぬれ状態で放置も出来ないしな・・・ホントに良いのか?」
「お願いします」
「ん・・・とりあえず俺の家そこのアパートだから、普通に散らかってるけど許してな?」
「大丈夫です、ホント有り難うございます」
「今日だけだからな」
「はいっ」

これが、ブレイブとの出会いだった



「まあ何もない部屋だけど、上がって」
「おじゃましまーす・・・」

彼の部屋は、4畳半のリビングに、ギターなどの楽器が沢山
机の上には使い古されたノートが沢山乗っており
傍には背もたれに星型の型抜き模様のある椅子
奥の方にはベットとテレビ
基本的に趣味をしながら生活できれば良いというのが見ただけで分かる部屋だった

「・・・なんもないだろ?」
「あ、いえ、ほら、ギターとか沢山ありますし!」
「・・・・・・・わかりやすいなお前」

かあっと自分の顔が赤くなるのが分かる、こんなに動揺する事なんてあんまりないのに・・・
とりあえず部屋に上がり、荷物を入れたバックを床に置く

「その格好じゃ風邪引くぞ、後ろ向いてるから早く着替えな」
「あ、すいません」

とりあえず着替えを取り出して、着替え始める事にする
男の人の前で着替えるのは若干恥ずかしいがここはしょうがない

「そういえば・・・あんた名前は?」
「リリィ・ホワイトベリィです。あなたは?」
「ブレイブ・アルエレム・・・・なんというか、可愛い名前だな、あんた」

うおう、可愛いとか言われると若干照れる、
ほんのりまた頬が熱くなりながら

「あはは・・あんまり似合いませんよね、私にこの名前は・・」
「なんで?」
「私の家、武道とかで有名だったらしくて、子供の頃から稽古ばっかりで
あんまり女の子らしい事したことないんですよね・・・まあそんな生活が嫌になったから家出したんですけどね」
「へえ・・・・そろそろ振り向いて良いか?」
「あ、はい、着替え終わりました、大丈夫です」

とりあえず、その場に座って・・・うん、何か初対面の人と同じ部屋って何していいか分からない
そんな空気を察したのか、彼から話題をふってくれた

「明日からどうする気?」
「あ、えっと、とりあえず明日は昼間に宿を探して、街の地理把握して・・・あの、度々悪いんですけど・・・」
「何?」
「明日この街の案内・・・とか頼んでも良いでしょうか?」
「まあ・・・別に良いけど・・・」
「色々すいません、ホント感謝してます」

ホントに、何も知らないこの街にやって来て、こうやって頼れる人がいるのはとても心の支えになる
・・・まあいきなり路上でずぶぬれの女にここまで頼りにされる彼としては逆に恐いと思うけど・・・明日謝っておこう・・・

「んじゃ、今日は寝るとして、ベッド使いな、俺床に布団敷いて寝るから」
「え、私布団で大丈夫ですよ、流石に悪いし・・・」
「今さら気にしてどうするんだ、いきなり何も知らない女家に入れてる時点でそんな事気にしてないよ」
「でも・・・」
「でもじゃない、いいから今日は寝とけ」
「・・・はい」

・・・すいません、ホントお世話になります・・・・

そんな感じで私の家出生活一日目は終了した



その日はとてもすっきり眠れた
ベッドのぬくもりが、寂しさを溶かしてくれたみたいだった

外からスズメの声がする、こんなにも離れた土地に来たけど、こういう何気ない事は変わらないんだなあと少し微笑んだ
横を見てみると昨日はよく見れなかった彼の寝顔
少し長い黒髪が何故かすごく安心感を与えてくれた

・・・よし




「んあ・・・起きてるか?・・・・って何してるの」
「あ、おはようございます、いや、朝食作ろうと思いまして」
「別に良いよ、冷蔵庫にインスタントあったろ?」
「ありましたけど、インスタントばっかりだと体に良くないですし、まあ目玉焼きとお味噌汁ぐらいですけどね」
「・・まあ・・・ありがと」
「じゃ、席についてて下さい、もう出来ますから」

とりあえず料理を皿に乗せて、みそ汁を入れて完成
それを食卓へ持って行き、向かい合って座って、いただきますと

「・・・どうですか?」
「・・・うん、おいしいと思う」
「よかったあ・・・さ、食べましょ」

そして、食事も終わって
いざ街へと出かける事にする



「うわあ・・・何と言うか、にぎやかな街ですね」
「まあ仮にも結構大きな街だからな、さて、どっから案内しようか」
「まず・・・地図買いたいですね」
「よし、本屋だな、本屋はそこの角に・・・」

その後も色々なところを案内してもらって、
この街には宿が3つあって、少し外れにある宿が安い事が分かったり、故郷の街には無いような、洋服がたくさんうっていたり、治安は結構良いということが分かった
時間が過ぎるのは早く、そろそろ空の色が変わり始めている

「うん、良い街、なんたって空気も綺麗ですし」
「この街の空気はホントきれいだぞ、音の響きもすばらしいし」
「地域によってやっぱ違うんですか?」
「俺にとっては違うよ、まあ感覚的なものなんだけどさ」
「ふうん・・・そうなんですか・・・また聞きたいな・・・あの音・・」

あの時は雨だったけど、今度はこういった晴れの日に聞きたいなあ・・
すごく心地よかったから

「そういえば、お金とかはあるのか?」
「貯金がちょっとだけ・・・でもやっぱ働かないと・・・多分すぐお金無くなっちゃいますから」
「・・・いまからちょっといいか?連れて行きたいところあるんだけど」
「あ、はい、大丈夫ですよ・・・どこですか?」
「着いたらわかる」

そういって連れてこられたのは

「喫茶Glass cat・・・・・喫茶店?」
「うん、喫茶店、まあとりあえず中に入れ」

そういって案内された店内は、少し大人っぽい雰囲気をかもしだしており、
一角には低いステージが用意されていた
「週に何回かここでライブさせてもらってるんだ」
「ここで・・・なんかよさそうですね」
「やっぱちゃんと見てる人がいるってのはいいもんだよ」

そういうもんなのかなあ・・・多分そうなんだろうけど
と、ぼーっとステージを見つめていると彼が

「というわけで、働くならここで働けば良いんじゃないかなと思ったんだけど・・・」
「へっ?私?」
「前からここのマスターが人手足りないって言ってたし、俺もここでたまに働かせてもらってるからさ・・・どうだ?」

いや、仕事があるならそれはもの凄く助かるし、ここで演奏してるならたまに聞けたりするからとても嬉しいんだけど
・・・いいのかな、こんなにスムーズに行って
でも今はなりふり言えないので

「えっと・・・お願いできますか?」
「おし、マスターに言いに行くぞ」
「はい!」

こうして、しばらく私はこの喫茶店で働く事になった

この街に来て、この人に出会って、すべてが楽しくて

いつしか、ずっとここにいたいなって、そう思うようになった

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