週に大体5回、初めての接客業で大変ではあったが、それでもとても充実していた、
そして夜になると大体彼が来て、ステージで演奏した後、店の仕事を手伝ってくれている、
やはり何度聴いても彼の歌は素敵で、いつの間にか大ファンになって、そしていつしか心惹かれるようになった

そしてこの街に住み始めて2ヶ月、知り合いも増えて、とても充実した毎日を送っていた、あの頃の生活が嘘のように、全てが新鮮で、全てが暖かくて
その日も私は喫茶店でバイトをしており、彼がステージで演奏をしていた
私は洗い物をするため奥の方へ引っ込んでおり、何時ものように彼の音楽を聴きながら気持ち良く仕事をしていた

そこで、店のドアの開く音がした
しかし、それと同時にとても嫌な予感が胸を過った
何か声が聞こえてくる、ああ、このとても聞き慣れた声、でももう一生聴きたくなかった声
間違いなくその声の主は自分の父親だった

「この店にリリィという奴はおるか?」
「はて、お客さんの名前まであんまり覚えていませんから、一期一会ですよ一期一会」

マスターには事情を説明しており、いざとなったらごまかしてくれと頼んでいた。

「この店で桃色の髪をした女が働いてると街で聞いたのだが」
「ああ、もう半年位前ですよ、結婚してシールラ村へ引っ越しましたよ、名前はレムって子でしたけど」
「ホントか?嘘ついてたらどうなるか分かってるな?」
「もちろんですとも、でも人違いですよそれは、今の従業員は私と後ろの黒髪の男とそこのギターを弾いてる男だけです、むさ苦しい喫茶店ですいませんねえ・・・」
「・・・そうか、悪かったな」

そういって、再びドアの開く音がする、どうやら帰って行ったようだ
ここまで緊張したのはいつ以来だろうか・・・・
とりあえず、少し時間を置いてから、こっそりと表に戻る・・もういなくなっている
とりあえずマスターに感謝

「どうも有り難うございます、ホント助かりました」
「いいよいいよ、見つかっちゃヤバいんだろ?」
「でもどうするんだ?この街まで来たって事は数日滞在されると普通に見つかるぞ?」

演奏が終わり、店の仕事に参加していたブレイブがカウンターに肘をつきながらそう言う、確かに相当遠くまで来たのに、こう若干見つかりつつある状況は結構ヤバい気がする、見つかるのも時間の問題だろう

「とりあえずいつもの宿は見つかりやすいだろうから・・リリィちゃん、ブレイブ君の家に泊めてもらいなさい」
「ああ、別に良いですけど・・・まあそこで今後の対策決めるか」
「はい・・・色々迷惑掛けですいません」

とりあえず、その日は彼の家に泊めてもらう事にした






「さて、さっそくどうするかだけど・・・・」
「ほんとどうしましょう・・・・」

ブレイブの家にて、正直今後どうするかを今日中に決めないとやばい状態、遅れれば遅れるほど手遅れになる
外はすっかり暗くなっており、時間もそこまで残ってないだろう

「・・・もう戻ったほうがいいんでしょうかね・・、ここにいてもきっと周りに迷惑かけるだけですし・・・」
「・・・あんたはどうしたいんだ」
「それは、出来れば二度と家には戻りたくないんです・・・この街に来て、人と触れ合って、ここまで生きている心地したことなんて初めてだった・・・」

この街に初めて来た時よりも、戻りたくないって気持ちはとても強く、あの窮屈な毎日にはもう戻りたくないと、今ははっきりと自分の意思で

彼はそんな私の言葉をじっと聞いていて、私の頭の上に手を置き

「・・・じゃ、どっかもっと遠くに行くか?」
「え?」
「海を渡ったり、大陸を越えたり、知ってる人が誰も居ないぐらい、ずっと遠くに、ふたりで」
「・・ふたりでって・・・ブレイブさんこの街好きなんでしょ?」
「人生はまだまだ長いんだし、またいつか戻ってこれる」
「というか二人でって・・・」

耳が熱を帯びてきた、心臓も激しく波打つ

「何と言うかさ、今まで俺は自分ひとりで生きてきて、そんな他人と深くかかわるなんて馬鹿らしいと思ってた、結局最後には別れることになるんだし」
「・・・・・」
「だけど、なんだろ、たまには人生のいくつかは、誰かと過ごしてもいいかなって、だから・・・」

答えなんて、自分の心の鼓動でもう分かっていた
自然と、その答えは自分の中に、すでに芽生えていたもので

「・・・はい、よろしくお願いします」








そしてもう、2日後にはこの街を旅立ち、海を渡ってたどり着いた小さな港町、ここで新たな生活が始まると思うと、少しだけわくわくした





新しく部屋も借りて、新しいバイト先も探す、意外とすんなり見つかり、そこでまた、彼も演奏させてもらえることになった

そして新しい生活にもすぐに慣れ、あれからもう半年が経とうとしていた
今日も朝から私はキッチンへ立ち、二人分の朝食を作る、今日のメニューはサラダとホットケーキにヨーグルト、思いっきり洋食、昨日は目玉焼きに味噌汁だったし、今日は洋で。
彼は基本的にあまり喋らないほう、無口ってほどでもないけど、だからといって騒がしいわけでもなく、だけど料理に関してはちゃんと感想を言ってくれる、私にはそれだけで嬉しい

そんな幸せな日々、こんな毎日がずっと続くだけで私は幸せ、世界中で一番幸せ

そんなある日

「え?今日もゲスト来るんですか?」
「うん、何か店長音楽に目覚めたらしくて、ここ一週間ずっと来てるよな、誰かかれか・・・、まあいいことだけどさ」
「ギター弾く人とかビックバンドとか三味線だかとか色々ですよね、どこから見つけてくるんだろう店長・・・」
「今日は歌姫だとさ、最近自分の曲弾いてない気がするぞ俺・・」
「多分来週は落ち着くでしょうし、今週はしょうがないんじゃないですか?」

でも歌姫か・・・どんな人なんだろう・・・
それに彼が惚れたりしたら・・・・あー、ほんの数ヶ月前はまさか自分がこんなに嫉妬したりとかするとは思わなかった、多分彼だから大丈夫だとは信じてるけど





そしてしばらくして、店内は暗くなり、ステージにスポットライトが照らされる
そこにきらきらとした水色のさらりと長い髪をした、見た感じ自分より少し年上な女性がそこに立っていて、
そして彼女はひとつ会釈をして、演奏が始まって・・・

その時の歌声は、あの時、ブレイブと出会った時とはまた違って
心が震えたと言うか、ここまで歌声って人を感動させれるのかと思った
歌声に引き込まれて、その世界に迷いこんで

いつも思っていた、彼に出会った日から思っていた事
こうやって色々な人の歌声を聞いて、この短期間に何度も心震えて
きっと今一番やりたい事、それは・・・・






「いやあ、若干歌姫って聞いてどうかと思ったけど、あの歌声はやばかったな・・・」

ステージも終了し、彼がこっちに戻って来ていた
やはり彼としても感動したらしく、いつもよりも若干テンションが高い

そして私は彼に伝えないと行けない事がある
それは・・・

「あの・・・」
「ん?どうした?」
「私に・・・・歌とギターを教えて下さい!」
「・・・・もちろんいいけど・・・」
「ホント!?ありがとうございます!」
「・・・テンション高いなおい・・・」



それから、私の特訓が始まった、とりあえず、鬼門はギター、彼が綺麗に音を出してるのをよく見ていて、私も出来るかなあと思ったけど
甘かった、コード覚えるのがどんなに辛かったか・・・、それでも頑張るしか無い、いつかあんな感じで私も歌いたい

そしていつの日か、彼と一緒にスポットライトを浴びたい




数日後、今日は私はバイトが休み、彼は演奏、たまにこういった日もあるが、なんだか寂しい、
こういう日は夕飯を一人で黙々と作りながら、彼の帰りを待つ、
出来上がったら帰ってくるまでギターや歌の練習を、昔はひたすら体練ばかり、
そのおかげで店に変な客が来た時、ホウキだけで撃退出来るようになった、これは女の子としていいのだろうか・・・・
昔なら全く気にしなかった事を最近はよく気にする、気にしていた事を気にしなくなった、
彼と出会って、私は変わった、多分これからもずっと変わっていくのだろう、それがとてもうれしい
私も何か、彼の為に出来ないだろうか、最近よく考える
彼に聞いても「十分色々やってると思うよ」としか答えてくれない

・・・・色々考えてもしょうがないか、とりあえず今は帰りを待つんだ

「今頃歌ってるのかなあ・・・・」

ふと周りを見渡すと星型のくり抜きが背もたれになっている椅子
確かステージもこれに乗ったくらいの高さだったかなあとか思ったり
・・・・
そっと乗ってみる、そしてここ数日、彼が作っていた歌をうろ覚えだけど口ずさみ・・・

「ただいまー・・・・何してんだ」
「あ、いや・・・えっと・・・」
「・・・やる事なす事可愛らしいなあんた・・・」

こう言われて顔赤くする事も昔はなかった、人は変わっていく
ねえこんな私でも、あなたの支えになれていたのでしょうか

この時は、永遠に、あなたといれると信じていた
二人で歩んでいきたいとそう願っていた


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