そしてそんな生活も続いて何ヶ月か経ったある日

「そういえばブレイブ君、さっきあのお客さんが君を呼んでたよ」
「あ、はい、行ってきます」

たまにこういうこともある、こういった時は大体、うちの店で演奏してくれないかとか、そういった事で
今はこの街の生活にも慣れているし、それに、大体誘ってきたのは彼女の出身地の周辺、あの変は音楽活動が盛んだと聞いたし
でも、そこへ二人で行くとなると、今の彼女の現状だと危険すぎる
それなら一緒に過ごせるこの街に留まれる現状でいいかなと思ってしまう
今回もそのつもりで話を聞きにいくが・・・


「ポルポタ・・・ですか」
「そう、君がよければすぐにでもうちのホテルと専属契約を・・・」
「少し・・・考えさせてください」
「ああ、また一週間後に来るから、その時に返事を聞かせてくれ」

断れなかった・・・、心揺らいだその理由
俺にはあこがれる人が居た、その人はセイレーンでとても心に響く歌を歌っていて、
小さいころ親に連れられて旅行に来た港町のポルポタでその人の歌声を聴いて、
将来こんな風に人の心に響く歌を歌いたいと思って、ここまで来た、その舞台に立てるチャンスだ

だけど、彼女の親の住むのがジオ、ポルポタの隣町である、当然連れて行くことになればばれてしまうのも時間の問題、
だから連れて行くことは間違いなくできないだろう

夢か、愛か・・・・
すぐに答えなんか出せるはずがない。


「どうしたんです?」
「ん?何でもない・・・」

彼女がとことこと歩いてきて、話しかけてくる。
この話を切り出さないといけないんだろうけど、決断もできていない今、それを口に出して彼女を不安にさせることもない
でも時間もない、どうしたものか・・・・
そのままこの日は何の進展もなく、過ぎていった。


























最近、彼の様子がおかしい、笑うときもどこかぎこちなくて、会話してるときもどこか上の空、
普段からあまり感情を表に出さない人だけど、これは明らかにおかしい

だけど、彼が何を悩んでいるのか、そんなの内容までわかるはずもなく・・・・

「ブレイブが元気ないとこっちまで元気なくなるよ・・・」

ふといやな予感もよぎる
浮気、別れ、もしかして私に愛想つかしたのかもとか、どんどん頭の中はマイナス思考で支配される・・・

だめだめ、と首を振って
こういったときこそ彼を支えるのが彼女の役目だと、信じてあげるのが彼女の役目だと、自分に言い聞かせて
私まで不安になっちゃほんとに駄目になってしまうから
それに、今は仕事中、今は仕事に集中しないと
と、そこで

「リリィちゃん、ちょっといいかい?」
「あ、はい、何でしょうか店長」
「いや、彼から話聞いたかい?」
「話って?」
「あ、聞いてないのか、実はね、こないだ・・・」























あれから3日ぐらいたっただろうか、一応彼女の前で顔には出さないようにしているけど、悩みはどんどん深くなっていく
断るのかどうか以外にも、自分が通用するのか、この歌が人の心に響かせることができるのか
自分の歌の歌詞でよく、夢や希望は大きく持てとか言っているけど、自分はそこまで大きな人間じゃない、
歌っているときにもふと不安になったりする、そういう時はうまく隠して
本心を曝け出さない俺の歌なんか、ホントに人の心に届くわけがない、そんな考えがここ数日ずっとグルグルしている

こんなんじゃ、この街にいたって、彼女のそばにいたって、支えにもなれやしないじゃないか

「駄目だな・・・俺」
「・・・駄目じゃないですよ」

突然聞こえた声にびっくりして後ろを振り向くと居たのはリリィ

「どうしたんですか?もう夜になるのに電気もつけないで」
「いや、別になんでもないよ・・・」

そういって寝室に逃げようとする俺の手を彼女がつかんで

「何もないわけないでしょ?ここ数日明らかに変だよブレイブ」
「変・・・か、元々そんな人格者じゃないぞ、俺なんか」
「そんなこと・・・」
「俺の何を知ってる?そんな1年から2年の付き合いで全部分かる訳ないだろ?他人に見せてる自分なんか全部嘘で塗り固めた自分だ」

感情が爆発する、
このままじゃすべてが終わってしまうと分かっているけど、とまらない、
彼女の顔を見ずに、言葉を続ける

「俺の歌だってそうだ、そうやって人の心に響かせれるほど歌えるわけがない、弱い自分を隠してるんだから、
自分に嘘をついて、そのくせ人には頑張れだの負けるだなど、ただの自己満足だ・・・」
「・・・・」
「あんたを助けたのもそうだ、心の奥底では善人面して、ああかわいそうな娘、泊めてやる俺はなんて良い人、
こんな感情が無かったわけないだろ」

冷静になることが出来ない、

「いつも歌った後に沸く弱音の数、一日分想像出来るか?
自分の弱さを隠すために、そんな自己満足のために歌ってるだけだ俺は、人を幸せにしようとか、励まそうとか、
そんな資格なんてはじめから無かったんだ、こんな自分に歌う資格なんてありゃしないんだよ」

沈黙
ああ、もうこれで何もかも終わりかな・・・
そう考えていると

「・・でも、確かに、私はあなたの歌に救われたの、たとえあなたがそう思ってても、確かに救われた人がここに居るの、
たとえ世界中の人があなたに歌う資格が無いと言っても、あなた自身が歌う資格が無いと言っても、自己満足でも、
私は世界中でたった一人のあなたの観客になる、私にとってはあなたは歌う資格があるから」
「・・・・」
「弱い自分なんて無い人はいない、私だってこうして今あなたに喋ってるときも嫌われたくない、離れたくないって、
私自身の保身が心の奥底にあるよ、だけど、それが人間だもの、弱くたってなんだって、
私の心に響いたの、あの日の歌声は私の心に響いたの・・・」

彼女の顔を見た、あの雨の日に見た顔じゃなくて、今はもうとても強く俺を見つめていて

「私だって弱いよ、ブレイブが私のこと嫌いになったらどうしようとか、話しかけてて嫌われてないかなとか、不安がたくさんある、
私とあの日出会わなかった方がブレイブは幸せになったんじゃないかとか心の奥底から消えることなんて無い、・・・・
だけど、そういうことをずっと上回って、私はあなたの事を愛してる、たとえ離れたって、この気持ちは変わらないから・・・」



初めの頃はおろおろしてて、支えてあげないといけないなと思っていた女性が、今では自分の心を支えるかけがえの無い存在になっていて



「・・・・うん、ごめんな、急に怒鳴って」
「いや、私こそごめんなさい、あんまり偉そうに言える立場じゃないのに」

一旦二人とも落ち着いて反省
とりあえずソファーへ座り、しばらくしてから

「ここ数日さ・・・何か凄い弱気になっててさ・・・」
「ポルポタに来ないかっていうあの話ですか?」
「知ってたのか・・・ごめんな、何か相談出来なくて」
「店長から聞いたの・・・いや・・・多分同じ立場だったら私だって相談出来ないと思うから」
「で・・・どうすればいい?多分俺一人じゃ決断できそうにないから・・・」
「・・・・・悩んでる理由は?」
「・・・俺が音楽を始めたきっかけの人がそこで昔歌ってて、いつかはその舞台に立ちたいと思ってたんだけど、
俺なんかがそこで通用するのかとか、場所的にあんたを連れていけないからどうしようかとかそんな事考えてさ・・・」

彼女はそのまましばらくうーんといった顔で悩み、何かを決意した瞳で

「んー・・・・行ってくればいいんじゃないですか?」
「でもあんたを・・・」
「叶いそうな夢を捨てるなんて駄目です、それを目指すのに私が足枷になるのは嫌ですから・・・」

彼女は俺の手をぎゅっと握ってそう言う、でもわずかだけど、その手は震えていて、痛いほど彼女の気持ちも伝わって来て、俺は彼女を抱きしめた

「自分の歌に自身が持てて、自分の歌に負けないようになったら絶対また迎えにくるから、今度は絶対、ずっと一緒にいるから・・・」
「うん・・・いってらっしゃい・・・待ってる・・」



















「自転車の二人乗りなんて私初めてだなあ・・・」
「俺だって乗せた事無いよ」

それから数日後の早朝、私達は二人で自転車に乗って、街を走っていた

「何か凄い静かですね、この世界に二人しかいないみたい」
「いいたとえだな、なんかたとえが詩的になって来たな、最近」
「えへへ、ブレイブの影響ですかね?」
「かもな」

坂道を上りきり、目の前にぶわっと朝焼けが現れる
同時に言葉を無くした
しばらく二人でその綺麗な朝焼けを見続けていた

この日に、二人でこんな綺麗な朝焼けを見れて良かったなあって
彼に言いたくなったけど、やめた
多分この後ろ姿は彼は泣いているだろうから、見なくても、なんとなくわかってしまった
だから私はそっと、彼の背中に寄りかかる
やっぱり、温かい、そっと笑顔がこぼれる




駅について、切符を買って、二人でホームへ向かう、左手に君の右手、いつまでも繋いでいたいとここまで思ったのは初めて

ふと、彼が振り向いた、少し寂しそうな、とても愛おしくなる顔
私まで悲しい顔をしてちゃ彼は出発出来ないだろうから、最高の笑顔でさよならしよう
そう思って、きっとこの笑顔はこれで終わりじゃないから、きっと未来に続くはずだから
彼も、すぐに笑顔になって、言葉が無くても、お互いの言いたい事はわかっていた、なにもかも、わかっていた



電車が来た事を伝えるベルが鳴り響く、彼の手を離さなきゃ、だけど、やっぱり離したくない、すると、彼は

「・・・ありがとな」
「・・・私こそありがとう」

そっと離される手、今でもあなたの手のぬくもりを忘れる事なんて無い

「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

ドアが閉まって、汽車は走り出していく
どんどんどんどん、距離は遠くなって、どんどんどんどん、見えなくなって
だけど、ずっと、見えなくなるまでずっと、私は手を振っていた


また逢えるよね?
絶対逢える、この頃の気持ちを、最近忘れていた気がする、
私が信じないで誰が信じるの?
きっと逢える、そう信じなくちゃ。


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